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Rain Drops

クリニックのエントランスの壁。

さて、どうしよう。

エントランスと待合室は、ガラス面が大きく、空のエネルギーを感じた。

開放的、浮遊感。それでいて落ち着く。その感覚に身を委ねられたら、体調が悪い人も気持ちが和らぐのでは。

頭の中でふわふわとイメージが降りてくる。

いろんな色と形、丸みのあるシルエット、動き。

頭の中はすでに水滴とリズムでいっぱいだった。

、、、今回は絵、じゃない、かも、、、。

感覚の監督がすでに創る気満々だった。

それから、98%くらいは「どうやって創るか?」で頭がいっぱいだった。

雨の日に屋外のテーブルにできた水滴たちの集まりがモチーフになっていて、その時のスケッチが一枚。それから感覚の記憶と空のエネルギーをミックスした”何かこんな感じ”というのだけが明確にあって、なんかとにかくこういった感じのを創りたいんですけど、どうすれば良いでしょうか?の質問ループが始まった。

ご縁というものは恐ろしいもので、その質問をするにジャストな出会いがジャストなタイミングであったりする。

その助言や素材との出会いによって、かろうじて一つ作業が進む。

手を進めては次の手に行き詰まり、人と話す。そしてまた一つ進む。

自然界と人に想いをはせる制作過程はとても有機的なもので、

私の心境は、ランダムな色の混ざり合いを楽しむ色彩表現にも表れた。

目に見えない何かを感じて幸せな気持ちになった。

単に物質的なインパクトとかじゃなくて、”無”や”ありのままそのまま”が持つ無限性を感じて豊かな気持ちになった。

それが、白と半透明の凹凸でできた土台の陰影に表れた。

下地に使用した”ジェッソ”は、学生時代、ファインアートに憧れていたとき、油絵学科の友人に教えてもらったものだ。

作品は高さが2メートル以上あり、設置の作業までも最後の最後まで助けを借りて、ようやく人目に触れられるようになった。

ありがとうでいっぱいだ。

水滴のようで空のようで、紛れもなく、その時のわたしを構成している”世界”や”つながり”が形になった作品な気がした。